還暦すぎてのドリトル先生

昨年12月も後半に入った頃、かねてより注文していた、『ドリトル先生物語 全13冊(岩波少年文庫)』が届いた。初めは、最近ハマっている井伏鱒二によって訳されていることを知り、少年時代に何度も読んだことを思い出し、懐かしむ程度の気持ちだった。特に初めの数冊は、これぞ少年向け冒険談といった感じでとても楽しく読めた。それが読み進むにつれて、これはそれだけではないぞと遅まきながら気づき始めた。

これは非常に優れた哲学書であり、啓蒙書ではないのか、そんなふうに思えてきた。動物だけでなく貝や植物と話がしたいという、執念にも近い願いを寝食そっちのけで研究することにより次々と実現させる。もちろん優秀なお医者さんなので彼らの怪我や病気を治してあげる。それだけではなく、捨てられた者たちや恵まれない環境にある者たちを救い出し、ある者は家族として招き入れる。彼らが自分たちで運営できる共同生活の場を作り、彼らのための郵便制度を作ったり、ついには月に取り残されたひとりぼっちの人間やそこにいる生き物たちのため、巨大な蛾に乗って月まで行き、世話をすることになる。先生にとっては、そんなことがちっとも嫌なことではなく、自分の命をかけてでもやってしまう。

作者のヒュー・ロフティングは、技術者将校として第一次世界大戦を経験した人である。遠く離れた我が子に手紙として物語を届けていたのが、この長い物語の始まりだそうだ。目の前の地獄絵を子供達の世代では二度と繰り返さないで欲しい、と願いながら物語を紡いでいったということか。
途中たくさん出てくる愉快で素晴らしい挿絵は、作者自ら描かれたものとのこと。”天は二物も三物も与えたもうた”賜物がここにある。

 

<2023年4月9日追記>
今日の朝刊にあっと驚いた。本物のドリトル先生誕生か。

東大の先端科学技術研究センターで動物の言語の本格的な研究が始まっているそうだ。すでにシジュウカラのいくつかの鳴き声で意味が突き止められたそうだ。根気のいる地道な研究に違いない。若き研究者に是非とも頑張っていただきたい。今の我が家の愛犬同様に苦しそうに寝たきりのペットの言葉を、いつか聞いてやれるかもしれないのだから。